祝島 神舞(いわいしま かんまい)その10 〜 寄席囃子になってよかった

8月19日 昼便。

翌20日が祖母の十三回忌法要の為

祭りを終わりまで見届けることは出来ず、本土への船に乗り込みます。

見送るのも見送られるのも苦手です。

波止場が見えなくなり。

祝島もやがて視界から消え。

ふと、前日昼のことを思い出しました。

出店のドライカレーを美味い美味いとひとり頬張っているところへ

見覚えのある女性が頭をペコペコしながら近寄って来ました。

誰だっけ。。。

「どうも、はは、どうも、美味しいですよ、これ」

「ありがとうございました」

「あ。。。どうも。。。えーっと。。。」

「おばあちゃんが立ったんです」

「おばあちゃん。。。はあ。。。」

「あの晩、布団の中で踊りの手を振ってて。もうお迎えが来てるのかねえ、ってみんなで話してて」

「はあ。。。」

「そしたら翌朝、孫を集めて踊ってみせたんです!」

「はあ。。。ん。。。あー!そういうことですか!凄いじゃないですか!!!!!」

島に来た初日、宿主のりちゃんに無理矢理弾かされた三味線を

喜んで聴いてくれた92歳のおばあちゃん。

2年前に島で一緒に暮らしていた娘さんが亡くなり

本土に住む娘さんの家で暮らすようになってからは

足腰が効かなくなり、ずっと車椅子で生活していたそうです。

「えりさんのおかげです、ありがとうございます」

「いや。。。自分は何も。。。そりゃぁ。。。よかった。。。」

「はい、本当に嬉しかったみたいで。。。ありがとうございます」

「いえ。。。そんな。。。おばあちゃんによろしくお伝えください」

「はい、またお願いします」

「はい、また弾きに来ます」

「ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。。。へええ。。。」

車椅子の人が立って踊ったってことは凄いことだし素晴らしいことだし。

実際弾いたのは自分なんですけど。

未だにちょっと人ごとな感じがあって、いや、人ごとっていうのも語弊があって。

なんというか、自分の力じゃなくて、これは周りの人のおかげだなあと。

そんなわけで。

のりちゃん、ありがとうございます。

島の皆さん、ありがとうございます。

島に導いてくれた山秋さん、ありがとうございます。

島で一緒に公演してくれたおしどりさん、ありがとうございます。

そして、自分を育ててくれている寄席と、興行に携わる皆さんに感謝します。

全ての人と物事に感謝しながら

寄席囃子という職業に就けたことの喜びを噛み締めながら

この天職を全うすべく精進しようと決意を新たにしながら

世界中の人々の生活が平和になることを切に願いながら

祝島の益江さんが持たせてくれたよもぎ餅を焼いています。美味しい。

今年もいろいろありがとうございました。

来年もいろいろよろしくお願いいたします。

そんじゃ今年最後の仕事に行ってきます。

よいお年を。


脱原発の道 〜いのちをつなぐ、海をつなぐ〜

原発ゼロを続けたいと願う各地の動きやアクションの呼びかけを伝えます。新規立地計画をかかえる祝島沖・上関(山口)と大間(青森)、東電の福島第一原発事故のあと唯一稼働した大飯原発のある嶺南(福井)…3つの地で行動する人びとの直接発信と情報共有を目指すチームゼロネットの活動を応援し、マスコミが発信するニュースに留まらず、現地の状況にまつわる多様な声を発信します。